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「在特会」への法的縛りにかかわって

 「慰安婦」問題での取り組みに対しても、各地で妄動を繰り返してきた「在特会」ですが、様々な取り組みの結果、次のような状況も生まれてきているようです(石川)。

朝鮮学校への街宣「地裁決定違反は100万円」

 市民団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会、本部・東京)が、京都朝鮮第一初級学校(南区)の周辺で児童らを中傷する街宣活動をした問題で、地裁は、こうした活動を禁じた地裁の仮処分決定に違反した場合、在特会に1日あたり100万円を支払わせる決定をした。19日付。

 3月24日の仮処分決定は在特会に対し、同校の200メートル以内で拡声機を使うなどして同校関係者を非難、中傷することを禁じている。しかし、その後も同様の街宣活動があったため、同校が、違反行為に対して制裁金を科す「間接強制」を地裁に申し立てていた。

 同校の弁護団は「100万円という額は通常、暴力団組事務所の使用差し止めに関する間接強制で決定されるもの。違法性の高さを裁判所が評価したものと言える」としている。

(2010年5月22日09時59分 読売新聞)
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泗川市議会の決議文です!

4月末に採択しました泗川市議会の決議文です。韓国挺身隊問題
対策協議会の梁さんから送っていただきましたのでアップします。
(立石孝行)

***************************************************************
日本軍「慰安婦」問題の解決を求める決議文

泗川市議会は、この20年間日本軍「慰安婦」問題解決のため国内はもち
ろん、国際的にも関心を持ってもらえるよう活動している被害者たちと
諸民間団体の努力を積極的に支持・激励し、

この間国連人権委員会、国際労働機関、アムネスティー・インターナ
ショナル、 米下院などが、数次にわたり日本政府の公式謝罪と法的賠償、
正しい歴史教育などを、日本政府に勧告したにもかかわらず、日本政府は
これに公式謝罪はもちろん、一切の責任ある姿勢をとっていないことに
対して深刻な憂慮を表しつつ、

日韓間の歴史的問題の正しい解決のため日本政府が一日も早く国際社会の
勧告を誠実に履行し、日本軍「慰安婦」被害者の名誉と人権の回復に前向
きな姿勢で臨むことを、泗川市民12万人の願いを込めて、次のように決議
する。

1.日本政府は1930年から1945年の終戦に至るまで、日本の軍隊がわが国
とアジア太平洋地域の幼い少女と女性たちを強制的に日本軍の性奴隷にした
反人倫的犯罪の事実について公式に認めるとともに、公式謝罪および関連
資料の全面公開を行い、真実を究明せよ。

1.日本政府は日本軍「慰安婦」制度の真実と反人権性を歴史教科書に正しく
記して、二度と類似する犯罪が起こらぬよう現世代と未来の世代を教育し、
女性の人権確立と、アジアと世界の平和に貢献せよ。

1.日本の議会は、被害者が一人でも多く生存しているうちに、日本軍「慰
安婦」制度の真実究明と被害者の人権回復、法的な賠償の実現のための特別
法を迅速に制定せよ。

1.大韓民国政府は米国、国連をはじめとする国際社会と、日本の市民団体
の良心の声に耳を傾け、わが国民の人権回復と正しい歴史の確立のための
担当機関を設置し、日本政府に法制度の整備と担当機関の設置を要求する
などの外交交渉を早急に開始せよ。

1.大韓民国国会は生存者の余命がいくばくもないという切迫性を認識して、
国会内に特別委員会を設置し、日本の議会が日本軍「慰安婦」問題の解決の
ための特別法を一日も早く制定するよう、両国の議会間の交渉を早急に開始
せよ。

上記のとおり泗川市議会は、日本軍「慰安婦」制度の反人倫性を正しく知り、
被害者の名誉と人権が回復されるよう、持続的な関心と努力を傾ける所存で
あり、教育と記念事業を通じて女性の人権と平和の価値を実現するために
尽力することを決議する。

2010. 4. 27
泗川市議会議員一同
[翻訳:韓国挺身隊問題対策協議会]

訃報です

キム・ゲファ ハルモニが他界されました。生前もご苦労が
あったようです。ニュース記事を添付しておきます。ご冥福
をお祈り申しあげます。(立石孝行)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

(釜山=聯合ニュース2010-05-17 18:14)
チョ・ジョンホ記者= 「今年は1カ月に1方ずつ「慰安婦」
ハルモニが逝去しており、本当に気の毒で胸が痛いです。」
 日本軍「慰安婦」として残忍な苦難を経験したキム・ゲファ
ハルモニの葬儀室を守っていた、韓国挺身隊問題対策協議会
(挺対協)の姜珠恵(慧)(カン・ジュヘ)事務局長は、加害
国である日本の謝罪と法的な賠償問題が解決されることもな
かったのに、高齢の「慰安婦」ハルモニたちをたびたび送ら
なければならないとして、心残りの表情になった。挺対協の
関係者2人と、日本軍「慰安婦」ハルモニと共にする釜山市
民の会(釜山市民の会)のボランティアなど3人が、静かな
雰囲気の中で寂しく葬儀室を守っていた。

 キム・ハルモニが生前に通っていた機張郡(キジャングン)
のある教会の信徒10人余りが弔問に立ち寄っただけで、弔問
客は探せなかった。女性家族部と機張郡で送った弔花が葬儀
室の前に立てられ、挺対協と釜山市民の会の弔花が、それだ
けでも寂しい空間を満たしていた。一歩遅れて消息を伝え聞
いた挺対協所属の会員20~30人が、ソウルなどから今下って
きており、夕方に葬儀室に到着するはずだと言った。

 1921年に慶北・霊徳(ヨンドク)に生まれたキム・ハルモ
ニは、17歳の1938年に日本軍「慰安婦」として引きずられて
いき、光復後に日本にとどまり、1979年に帰国したが、家族
と親戚を探そうとしなかった。キム・ハルモニは、自分が死
んだものと思っていると感じた、母の墓に行ってきただけで、
帰国後ずっと機張郡で一人で生活してきた。故人は慰安所生
活で得た性病で、一生苦労し、6~7年前からは膀胱癌とずい
ぶん戦わなければならなかった。

 釜山市民の会のボランティアのキム・ユンジャ氏は、「キム・
ハルモニは3~4年前から挙動が不便で、病院と療養院を行き
来して治療を受けてきたのだが、昨年からは下血と嘔吐をして、
苦痛がっていた。」として、「臨終の時は、安らかな姿だった」
と、目がしらを赤らめた。

 姜事務局長は、「『慰安婦』のハルモニたちがつらい歴史
を抱いて亡くなっているのに、最後までよくお世話して差し
上げられず、申し訳ない。」として、「慰安婦」ハルモニた
ちに対して、もっと多くの関心を持ってくれることをしっかり
と頼んだ。

Appendix

プロフィール

「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会

Author:「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会
・・・
2008年8月3日、「シンポジウム/私たちに何ができるか~若者たちと考える『慰安婦問題』」を大阪市内で開催しました。140名近くの方にお集まりいただき、熱い意見交換が行われる感動的な集まりとなりました。集会後、もっとこの活動を続けたいとの声があがり、このblogの立ち上げに至ったものです。

現在は、関西を中心に、国に慰安婦」問題の解決を求める地方自治体からの意見書可決をすすめる取り組みを行っています。

本blogが、「慰安婦」問題の解決に向けた情報・意見の場としてお役に立てれば幸いです。

なお、コメントの紹介は承認制としています。管理者が、このフォーラムの趣旨にそわないと判断した場合には、これを表示しません。あらかじめご了解ください)

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