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訃報です

挺対協の梁さんより9月11日に 日本軍「慰安婦」被害者チン・ファスンハルモニが
亡くなられたという訃報のお知らせがありました。ご冥福をお祈りいたします。
以下、挺対協報道資料です。(立石孝行)

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日本軍「慰安婦」被害者チン・ファスンハルモニ逝去
-今年に入って6名、生存者は82名-

日本軍「慰安婦」被害者チン・ファスンハルモニの訃報をお知らせします。

故チン・ファスンハルモニは 1930年に全羅南道チャンソンで生まれ15歳の時に光州
にある製糸工場で働いていたところソウルの会社に就職させてやるとの紹介を受け、
結局満州に連行され「ハルコ」という名前で日本軍の性奴隷となり、苦しい生活を
送らなければなりませんでした。
解放後、上海を経て釜山港に帰還し結婚もしましたが、日本軍「慰安婦」という過去が
ばれて離婚され、最近になって入院するまで全羅北道チョンウプで一人で暮らしていま
した。
挺対協スタッフが訪問するといつもチキンを出前しゆで卵でもてなしてくれ、若いスタッフ
の苦労をねぎらい感謝を伝えていたハルモニは、健康な時には事務所によく電話をかける
方でした。電話をかけてくる度に「私だよ~チョンウプ(に住んでいる)ハルモニ。誰
だい?」と甲高い声で会いたい、いつ来るんだと尋ねました。そして近くの山の紅葉が
散る頃は本当にきれいだと、必ず遊びにおいでと何度も言われました。

ところが1年前から手術と入院を繰り返していたハルモニが、突然秋を目前にして美しい
紅葉をスタッフに見せられないまま很多いこの世をさられました。いくつかの峠を越え
死闘を繰り返していたハルモニが再び奇跡を起こし遊びにおいでという電話をくれること
を願っていましたが 今日(9月11日)午後5時40分ごろに目を閉じられました。

日本帝国主義が朝鮮半島を強制併合して100年 植民地から解放されて65年 何の変化もなく
過ぎていくのがどれほど恨めしかったでしょう。
ハルモニは私たちに再び日本軍「慰安婦」問題解決に時間がないことを悟らせてくれ、
ハルモニが生前になすことのできなかった日本政府からの公式謝罪と法的賠償実現の責任を
私たちに託したまま亡くなられました。
今年に入って6人のハルモニが亡くなられ、234人の申告者中、82人のみが生存されています。

故チン・ファスンハルモニの出棺は、9月13日午前に行われる予定です。
その後、天安の望郷の丘にすでにいらっしゃる「慰安婦」被害者たちの横に眠られます。
ハルモニが逝った場所には、戦争もなく植民地の屈辱的な人生もない平和な場所であること
を願い、ハルモニの冥福を祈ります。

「ハルモニ、安らかにお眠りください!」
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「慰安婦」問題の解決を考える会

Author:「慰安婦」問題の解決を考える会
「慰安婦」問題の解決を考える会

2008年8月3日、「シンポジウム/私たちに何ができるか~若者たちと考える『慰安婦問題』」を大阪市内で開催しました。約140名の方が集まり、熱い意見交換が行われる感動的な集まりとなりました。

集会後、もっとこの活動を続けたいとの声があがり、「「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会」を発足し、関西を中心に、地方自治体から国に対し問題解決を求める意見書可決をすすめる取り組みを行ってきました。

2015年12月28日、日韓両政府の間で「合意」が結ばれましたが、私たちはこれが被害者たちの尊厳を回復する解決であるとは考えません。これまで以上に「慰安婦」問題についてともに知り考える場をつくることを目指して、「「慰安婦」問題の解決を考える会」と名称を改め、学習会や講演会の企画を進めています。

このブログも、情報共有・意見交換の場としてお役に立てれば幸いです。

なお、コメントの紹介は承認制としています。管理者が、このフォーラムの趣旨にそわないと判断した場合には、これを表示しません。あらかじめご了解ください。

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