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「平和とハルモニたちとの交流の旅」

 「平和とハルモニたちとの交流の旅」に参加されてきた西川さんから、メールで旅の様子のご報告をいただきました。

 ご本人の了解を得て、こちらに転載しておきます。(石川)

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みなさま

 BCCでご報告します。出発前ににお知らせしましたが、4月13日~15日の2泊3日、韓国に「平和とハルモニたちとの交流の旅」をしてきたご報告をします。これまで、神戸で「慰安婦」にされたという戦時性暴力の被害者を招いて、2回の証言集会や映画会など、「慰安婦」問題の解決をめざして活動してきましたが、今回は、こちらから韓国のハルモニ(おばあさん)たちに会って連帯の気持ちを表そうという旅でした。

 参加者は40代からの熟年者の10人でした。6人の方が韓国初訪問でした。

 初日は、関空を飛び立って、あっという間に、午後1時頃には北朝鮮との国境の統一展望台に立っていました。

 そこの平和の塔の前では、北に家族や親戚をもつ人々の一団が統一を願ってお祈りとお祭のようなつどいをしていました。片言の日本語と韓国語できさくに声をかけてくださるおじさんやおばさんたちと言葉を交わすなかで、朝鮮半島の人々の切実な統一への願いを実感しました。また、朝鮮戦争で捕虜交換をしたという「自由の橋」を訪れました。

 日本では、ロケット発射問題で北朝鮮の非難がうずまくな中での韓国の人々の思いを知ることができました。
 
 さらに北朝鮮との間、最短400メートルのイムジン川を隔てた「臨津閣(イムジン閣)」では、曇ってはいましたが、北朝鮮の開城(ケソン)が見えました。こんなにも近いとなりの国の実情と日本との関係に複雑な思いをしました。ここではもと音楽の先生だったという方のリードで「イムジ川」の歌を合唱しました。

 2日目は、太平洋戦争末期、「慰安婦」として強制的に連行され性暴力をうけた女性たちが暮らしている「ナヌム(分かち合い)の家」を訪問し、併設の歴史資料館を見学しました。日本の青年で歴史館研究員の村山一平さんの案内で説明を聞き、「慰安所」の部屋が再現されている所も見て、戦時中、国家が犯した人道に反する罪の大きさを目の当たりにして言葉が出ない思いでした。

 そのあと、ハルモニたちが生活しているお家を訪れましたが、突然の訪問にも暖かく迎えてくださり、短時間でしたが、記念写真や心ばかりのお土産などを手渡して、翌日の水曜デモでの再会を約束してお別れしました。もっと、時間があればお食事などもご一緒にさせていただいてゆっくりお話しが出来たのにと、残念な思いと準備不足を反省しました。ナヌムの家には、今は8人が暮らしておられました。

 そこに、東京と新潟から2人の60代の女性がボランチアで住み込んでおられたことに驚きましたが、お話しを聞くと「慰安婦問題を知った限り、何かをしなくては気がすまないので」ということでした。
その後、ソウルにある西大門刑務所公園を訪れ、植民地下での日本軍の朝鮮人弾圧の生々しい傷跡を見ました。その公園内に「慰安婦」問題を歴史に残すため「戦争と人権博物館」が建てられようとしていました。

 高齢になった女性たちが次々と亡くなる中で、後世に歴史の事実を知らし、2度と同じ過ちが繰り替えされないように、との願いから建設されるもので日本からもたくさんのカンパがよせられています。
3日目は、世界文化遺産の「昌徳宮」の見学、青葉が美しい広大な庭を散策しました。が、ここにも日本の侵略の歴史が色濃く反映していました。「チャングムの誓い」のドラマ撮影にも使われたところですが、本殿の「景福宮」が豊臣秀吉の朝鮮侵略によって焼き壊されたあと、再建されるまで、王様が政務をしたという離宮です。

 12時からは、日本大使館前で17年間も毎週水曜日に行なわれている抗議集会に参加しました。折悪しく雨が降り出しましたが、80~90才にもなるハルモニたち8人もカッパを着て最後まで参加されておられました。私たちはコピー用紙を張り合わせて「日本政府は謝罪せよ!兵庫」という即席のプラカードをつくってハルモニたちの後ろに並んで向かいの大使館に抗議しました。

 大使館前には、韓国の若い警察官が10数人たって、ガードしていました。大使館の窓は閉ざされていましたが、1か所だけブラインドがあけられていたのでそこから、眺めていたと思われます。この17年間、日本の大使は、このハルモニたちの抗議の声をどんな思いで聞いているのだろうか。厚生省にちゃんと届けているのだろうか、と思いました。

 1時間ほどの集会後、近くの大衆食堂でハルモニたちと一緒に食事をして交流しました。私たちのほかにもアメリカ人と思われる青年や京都から来ている留学生の支援者なども参加していました。この水曜デモには、神戸女学院や日本からも若い人たちが参加している、ということは聞いていましたが、私たちのような熟年者の参加はめずらしいのではないかと思われました。

 神戸に来られたイ・ヨンスさんとも手を握り合い再会を喜びましたが、お別れのとき、イ・ヨンスさんは「200才まで生きて頑張るから!」と元気に叫んで手をふられました。

 2泊3日の短い旅行でしたが、とても内容の濃い旅行でした。大変重いものを背負ったような気がする、と参加者の感想が寄せられています。「百聞は一見にしかず」といいますが、参加者の皆さんが「参加してよかった」と喜んでくださったので、準備不足はありましたが、企画したことが成功だったと主催者としても喜んでいます。

 簡単ですがご報告とします。 西川 幸
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「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会

Author:「慰安婦」問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会
・・・
2008年8月3日、「シンポジウム/私たちに何ができるか~若者たちと考える『慰安婦問題』」を大阪市内で開催しました。140名近くの方にお集まりいただき、熱い意見交換が行われる感動的な集まりとなりました。集会後、もっとこの活動を続けたいとの声があがり、このblogの立ち上げに至ったものです。

現在は、関西を中心に、国に慰安婦」問題の解決を求める地方自治体からの意見書可決をすすめる取り組みを行っています。

本blogが、「慰安婦」問題の解決に向けた情報・意見の場としてお役に立てれば幸いです。

なお、コメントの紹介は承認制としています。管理者が、このフォーラムの趣旨にそわないと判断した場合には、これを表示しません。あらかじめご了解ください)

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